和周波発生分光とは



和周波発生分光法
(Sum-Frequency Generation Spectroscopy)

図1 SFG分光の光学配置




 和周波発生分光(以下SFG分光)は、2次の非線形光学効果を利用した振動分光法で、表面・界面選択的な分光法です.高次の非線形光学効果はピコ秒やフェムト秒の高い尖頭値をもつパルスレーザーを利用することで起こる光学現象です.電気双極子近似のもとで偶数次の非線形光学効果は対称中心の存在する系では起こらず反転対称性の破れた場である表面や界面で起こることが知られています.この性質を利用して、SFG分光では用いる2つの入射光の一方のレーザー光を可視光(ω1、例えばYAGレーザーの2倍波の532 nm)、もう一方を波長可変の中赤外光(ω2、一般的には2.5 μmから10 μm、波数範囲4000 cm-1 〜 1000 cm-1)にし、この2つの光を試料に同時に(時間的・空間的に重ねて)照射することで、2つの光の和の周波数の光(ω1+ω2)を発生させます(図1).

図2 SFGとSHGの光学過程



 図2にSFGの光学過程と、同じく2次の非線形光学効果である SHG(光第2次高調波発生)の光学過程を示しますが、SHGはSFGの特殊な系(2つの入射した光の周波数が一致した特例)であることがわかります.


図3



 SFG分光は、光を使った分光法ですので、通常の固体表面はもちろんのこと、光が到達することができさえすれば、液体と固体の接触界面や、固体の埋もれた界面、高圧環境下や高湿度環境下の表面など、様々な環境での振動スペクトルを選択的に取得することができます.図3に例示してあるのは水の表面の系です.媒質1(空気)には水蒸気が存在しますが、ここでは対称中心が存在しますので、たとえ2つの入射光が重なっていても水蒸気からのSFGは発生しません.また媒質2の水中でも同様に対称中心が存在するのでバルクの水からSFGは発生しません(厳密には少し発生しますが、表面から出るSFGが圧倒的であると考えても差し支えないでしょう).通常の赤外吸収分光などのように、光の侵入深さ等で表面の深さ方向の感度が決定される訳ではありません.


 SFG分光の特色として、以下の点が挙げられます.

   (1)基板や試料の導電性等の制約がない

   (2)電子やイオンを使用する手法と異なり、真空を必要としない(勿論真空下での測定も可能)

   (3)表面や界面の官能基の配向を評価できる

   (4)サブモノレイヤーの感度

   (5)SFG光は指向性があるため、試料から離れた場所で計測可能


 注意しなければいけないのは「表面垂直方向に対称性が破れた」界面を作るのはあくまで試料であって、SFG自身が界面敏感ではない、ということです.見たい試料に対称中心がない(例えばキラルな分子で構成されているものや、対称中心のない結晶構造をとるもの)場合や、表面法線方向に分子が配向した系(ポーリングした高分子膜や、積層した膜内部で垂直に分極が並んでいる系など)で はある程度の深さ方向までの情報を拾いだしてしまいます.「界面敏感な手法であるSFGで測定した」、という学会発表や文献を見かけますが、この表現は厳密には誤りです.同様な理屈で、SFG分光の深さ方向の感度を尋ねられる場合がありますが、一義的に定義できるものではないというのは、試料(の対称性)に依存しているためです.


 

     Prof. Y. R. Shen and Prof. Y. Ouchi                        Prof. emeritus of TIT, C. Hirose